【親と暮らす|第2回】

「親も年を取ってきたし、そろそろ一緒に暮らしたほうがいいのかな」
50代になると、そんなことを考える機会が増えてきます。
親の近くにいれば、何かあったときに安心。
食事や買い物も手伝える。
病院にも連れて行ける。
そう考えると、同居が一番安心のように思えます。
でも、本当にそうでしょうか。
親には親の生活があります。
そして、私たちにも私たちの生活があります。
親とのこれからを考えるとき、大切なのは「一緒に住むかどうか」だけではなく、
どのくらいの距離なら、お互いが無理なく暮らせるのか。
今回は、同居と近居について考えてみます。
同居すれば安心。でも、それだけではない
同居には、もちろん大きなメリットがあります。
毎日顔を見ることができます。
体調の変化にも気づきやすい。
食事をちゃんと食べているかも分かる。
何かあったときにも、すぐ対応できます。
特に親の身体が弱ってくれば、同じ家にいる安心感は大きいでしょう。
ただ、その一方で、
「毎日一緒にいる」からこその難しさもあります。
親子でも、生活のリズムは違う
親子だから生活習慣も似ている。
そう思ってしまいがちですが、何十年も別々に暮らしていれば、生活スタイルはかなり違っています。
起きる時間。
寝る時間。
食事の時間。
テレビの音量。
エアコンの温度。
お風呂に入る時間。
掃除の仕方。
食べ物の好み。
一つひとつは小さなことです。
でも、毎日続くと意外に気になるものです。
しかも親子だからこそ、
「それくらいいいじゃない」
と言ってしまう。
逆に、
「昔からそうだったでしょ」
と言われる。
他人なら我慢できることでも、親子だと遠慮がなくなることがあります。
夫婦二人の生活も大切にしたい
もうひとつ、忘れたくないことがあります。
50代は、子育てが一段落して、ようやく夫婦二人の時間が戻ってくる年代でもあります。
これから旅行へ行こう。
休日にはゆっくり出かけよう。
自分たちの時間を楽しもう。
そんな時期に親との同居が始まると、生活が大きく変わることがあります。
もちろん親を大切にしたい。
でも、
親を大切にすることと、自分たちの暮らしを大切にすることは、どちらか一方を選ぶ話ではありません。
両方を続けられる方法を探すことが大切なのだと思います。
そこで「近居」という選択肢
私がいいなと思うのが、
近居
という考え方です。
同じ家には住まない。
でも、すぐ行ける場所に住む。
例えば、
「徒歩10分」
「自転車で10分」
「車で10〜15分」
くらいの距離です。
これなら普段は別々に暮らせます。
でも、
「ちょっと買い物に連れて行こう」
「今日は病院の日だったな」
「電話に出ないから様子を見てこよう」
と思ったとき、すぐ行けます。
私は、この**「ちょっと行ってくる」ができる距離**は、とても大切だと思っています。
「スープの冷めない距離」は、案外よくできた言葉
昔から、
「スープの冷めない距離」
という言葉があります。
若いころは、それほど意味を考えませんでした。
でも50代になって親との距離を考えると、なかなかよくできた言葉だと思います。
近いけれど、一緒ではない。
必要なときには助けられる。
でも普段は、それぞれの生活がある。
親も、
「子どもに迷惑をかけたくない」
と思っているかもしれません。
子ども側も、
「できるだけ助けたい。でも自分の生活もある」
と思っています。
その両方をかなえやすいのが、近居なのかもしれません。
和歌山では「車で10分」も近居になる
和歌山で暮らして感じるのは、距離の感覚が都市部とは少し違うことです。
必ずしも徒歩圏内でなくても、
車で10分程度なら、かなり近く感じます。
スーパーへ行くついでに寄る。
仕事帰りに様子を見る。
薬を届ける。
病院へ迎えに行く。
そんなことが比較的しやすい距離です。
だから親との近居を考える場合も、
「同じマンション」
「徒歩5分」
だけにこだわらず、
車で10〜15分くらいまで
広げて考えてみてもいいと思います。
そうすると、住む場所の選択肢もかなり増えてきます。
ただし「車ありき」には注意したい
ここで一つ、50代の今だからこそ考えておきたいことがあります。
今は車で10分。
とても便利です。
でも10年後、20年後はどうでしょう。
親が運転できなくなる可能性があります。
そして、私たち自身もいつか運転しなくなる日が来ます。
だから、
「今、車で便利か」だけではなく、「車がなくても生活できるか」
という視点も必要になってきます。
スーパー。
病院。
薬局。
バス停。
駅。
こうした場所との位置関係は、年齢を重ねるほど重要になります。
親との近居を考えることは、実は自分たちの老後の住まい選びにもつながっているのです。
同居するなら「部屋」より「生活」を分ける
もちろん、家庭によっては同居が一番合っている場合もあります。
その場合、私なら、
できるだけ生活を分けられる家
を考えたいと思います。
寝室を分ける。
できればトイレも複数ある。
親が一人で過ごせる場所をつくる。
夫婦だけで過ごせる場所も確保する。
可能なら玄関やキッチンまで分ける。
大切なのは、家の広さより、
お互いが一人になれる場所があること
ではないでしょうか。
ずっと一緒にいることが、必ずしも親孝行とは限りません。
お互いに少し離れられるからこそ、優しくできることもあると思います。
親が元気なうちに「試してみる」
そして、いきなり同居を決める必要もありません。
例えば、親に1週間泊まりに来てもらう。
逆に、自分たちが親の家で数日過ごしてみる。
一緒にスーパーへ行く。
一緒に病院へ行ってみる。
実際に生活してみると、
「意外とうまくいきそう」
ということもあれば、
「これは毎日だと大変かもしれない」
と気づくこともあります。
家族だからこそ、
頭の中だけで決めない。
これは大切だと思います。
親との距離に「正解」はない
同居がいい家庭もあります。
近居がいい家庭もあります。
少し離れているほうがうまくいく親子もいます。
大切なのは、
「親子なんだから一緒に暮らすべき」
と決めつけないこと。
親はどう暮らしたいのか。
自分たち夫婦はどう暮らしたいのか。
そして、5年後、10年後にどうなっているのか。
そこまで考えて、
自分たち家族にとっての「ちょうどいい距離」
を探せばいいのだと思います。
今回のまとめ
親との暮らしを考えると、
「同居するか、しないか」
の二択になりがちです。
でも、その間にはたくさんの選択肢があります。
徒歩5分。
車で10分。
同じ町内。
同じ市内。
必要なときにはすぐ行ける。
でも、普段はそれぞれの暮らしを楽しむ。
そんな**「近居」という暮らし方**も、50代からの選択肢のひとつです。
親との距離は、近ければ近いほどいいとは限りません。
お互いが無理をしない。
そして、必要なときには助け合える。
そのくらいの距離が、案外ちょうどいいのかもしれません。
次回は、さらに現実的な問題、
「親が車を運転できなくなったら?和歌山で考える高齢の親の移動手段」
について考えてみたいと思います。



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